『悪い夏』登場人物、全員小悪党。毒たっぷりの刺激的な小説【夏休み 読書シリーズ】

クズとワルしか出てこない。

最低にして最高。

ー 伊岡 瞬

いきなり引用で申し訳ないのだが、本書のあとがき「悲劇と喜劇」が秀逸なので紹介したい。

「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ」

かの有名なチャールズ・チャップリンの名言です。

「つらかった出来事もあとから思い返してみれば笑い話」といった解釈が正しいとされているようですが、この悲劇と喜劇の差である「近く」と「遠く」は、「自分」と「他人」にも置き換えられるのではないでしょうか。

取るに足らぬ出来事で思い悩み、もがいている人というのはどこか滑稽に映って見えます。ところが、我が身に同様の出来事が降り掛かったとき、人は同じように思い悩み、もがき苦しむのですから、人間とは実に度し難い生き物です。

言わずもがな、対岸の火事でなくなったとき、人ははじめて冷静さを失うものなのでしょう。

悪い夏 あとがきより

本書「悪い夏」に登場する人物は全員小悪党だ。本人たちの自覚のあるなしにかかわらず、何がしかの悪事に手を染めてしまう。なかには必要に迫られてそうせざるを得なかった登場人物もいないではないのだが、それでもちょっと正しくないことをしてしまったという点では紛れもない悪い人なのである。どいつもこいつも読んでいてどこかのタイミングで眉をひそめることが必ずある、そんなキャラクターたちが活躍している。

主人公はケースと呼ばれる生活保護受給者に対応するケースワーカーである佐々木守。彼を中心に、生活保護を不正に受給する人間たち、そんなケースの女性に生活保護の打ち切りをちらつかせて肉体関係を迫る佐々木の同僚、生活保護者を集めて一大ビジネスを築こうとする地方ヤクザ、貧困に苦しむシングルマザー、生活保護者相手に不必要な治療を施して医療費を国からむしり取る外道医者など、非常に濃いメンツで話が展開する。

きっかけは佐々木の同僚がケースの女性を脅して肉体関係を持っているという噂を聞き、事実を確認するためにその女性のもとを訪ねてしまったことだった。佐々木がその同僚の悪事から女性を助けようとする中で、その女性に情が移ってしまったのだ。不運なことに、その女性のつながりには成り上がりの強い野心を持つヤクザがいたのだ。さらに奇妙な縁で、そのヤクザの連れ合いは、佐々木が担当している生活保護の不正受給のオヤジだった。

このような悪党たちの人間関係の歯車がぴたりとはまり、運命は佐々木を急速に破滅へと導いていく。そしてその他の登場人物全員の行き先もまた同じく破滅なのである。全員、どこかのタイミングで「どうしてこうなった」と思ったに違いない。いつの間にか悲劇の泥沼に足を取られ、取り返しのつかないところまで来てしまっているのである。

この話のラストは秀逸だが、そこに救いはまったくない。ハッピーエンドのかけらもないまま終幕する。登場人物はほぼ全員不幸になって終わるのだ。読み終えた後に残るのは、「これがフィクションであってよかった」という安堵の気持ちが入り混じった充実感だろう。

社会のダークサイドを安全な場所から眺めてみたいというあなたには最高の刺激をもたらしてくれる一冊になることは間違いない。