『黙過』生命に関する答えなき問いを扱った医療ミステリ作品集。真相は明らかになっても答えの出ない物語。【夏休み 読書シリーズ】
移植手術を巡り葛藤する新米医師 ー 「優先順位」。安楽死を乞う父を前に懊悩する家族 ー 「詐病」。過激な動物愛護団体が突き付けたある命題 ー 「命の天秤」。ほか、生命の現場を舞台にした衝撃の医療ミステリー。注目の江戸川乱歩賞作家が放つ渾身のどんでん返しに、あなたの涙腺は耐えられるか。最終章「究極の選択」は、最後にお読みいただくことを強くお勧めいたします。
(解説・有栖川有栖)
『あなたは5回騙される』。
本書の特別カバーに書いてあったこのコピーに惹かれてしまい本書を手に取った。"生命の尊さを問う”衝撃のミステリである本書は、
「優先順位」「詐病」「命の天秤」「不正疑惑」「究極の選択」
という5つの短編から構成されている。
それぞれ移植手術、安楽死、命の平等、医療倫理などをテーマにした、非常に重いトピックを扱った内容になっている。
それでいてミステリとしてのエンターテイメント性は十分に担保されており、複雑なテーマや使われている用語は必ずしも普段なじみのあるものではないにも関わらず、スイスイと読めてしまう。
なぜこんなことが起こったのかという謎の設定と話の構成が巧みで、いったん読み始めると次の展開が気になってなかなか途中で止めることは難しい。
当然読者が後の展開や物語の真相を予想できるように適宜情報は本文中に共有されるのだが、結局最後まで読むと途中の予想は覆されてしまう。最もそれこそがミステリを読む面白さであるのでその点では文句のつけようがない。
そして、最後の話を読む頃にはさらなるどんでん返しが待っている。正直ここまで綺麗に騙されてしまうと、快感を通り越して関心してしまうレベルである。それほど本作の構成力は優れている。
『黙過』とは、「知っていながら黙って見逃すこと」という意味だという(大辞林 第三版より)。
このタイトルにふさわしく、全ての話で誰かが何かを『黙過』している。各物語で、何が見逃がされているのか、そしてその理由はなぜなのか、ぜひご自分の目で確かめてみてほしい。
最後にひとつ、これまで本書についてお話ししてきた中で、ひとつだけ「微妙な嘘」を混ぜている。それが何かであるかは、もちろん本書で確認してみてください。