『嘘つきジェンガ』 普通の人が詐欺行為に巻き込まれるまでのリアルな描写が魅力
この本を読んでみようと思ったのは、作者の辻村深月さんのインタビューを掲載した週刊現代の記事。
辻村深月さんが『嘘つきジェンガ』で描いた“騙す側”と“騙される側”の「駆け引き」の面白さ
「騙す側と騙される側の「駆け引き」」「自覚がないまま犯罪の当事者になってしまうう」という点に興味を惹かれ、そのまま本書を購入した。
作者が『詐欺というものを通して「今」を書きたいという思いがありました。』と言っているとおり、取り上げられているトピックも最近の時流に乗っている。
マッチングアプリを利用した出会い系詐欺を描いた「2020年のロマンス詐欺」、志望校への裏口入学を謳う詐欺を描く「五年目の受験詐欺」、そして人気マンガの原作者になりすましてオンラインサロンを運営する人間を描いた「あの人のサロン」。
「騙す側と騙される側の駆け引き」とあったので、本を読む前にはどうやって相手をハメようかという知能戦が展開されるのかと思っていたが、どの話の登場人物も極めて普通の人物だった。闇金ウシジマくんに出てくるキャラクターのように生き馬の目を抜くような世界でサバイブしているような特殊な人間は出てこない。だからこそ、普通の人でも詐欺行為の当事者になりうるというリアルが感じられた。
悪人ではない普通の人間を選んでいるからこそなのか、詐欺が露呈した後に登場人物が破滅的な状況に陥るような結果にはならない。上記のインタビュー記事で作者が語っている、「道を踏み外した人を許さない風潮がより強くなっている」との考えが反映されているのか、どのお話も救いのある結末になっている。
そのため本書は詐欺というトピックを扱いながらも全体的にマイルドな作品になっている。これには作者の人柄からくるものなのかもと思いつつ、この結末はもしかしたら意見が分かれるところかもしれない。個人的にはもう少し登場人物に試練があってもよかったなとは感じた。ちょっとラストに希望がありすぎて「できすぎている」と思ったのが正直なところではある。
希望のある終わり方を選んだ理由については、『事件が発覚して「すべてが終わった」と思っても、現実にはそこで人生が終わりになるわけではない。嘘が暴かれたその先こそを今回は書きたかった。』と作者は語っている。ただ、実際一度そういう後ろ暗い行為に手を染め、しかもそれが明るみに出てしまった時に、各エピソードのように救いのある終わり方になる方が少数なのではないだろうか。実際にはもっと人生に暗い影を落とすようなことになるケースが多いのではと思う。
どのストーリーでも普通の人が詐欺行為に関与してしまうまでの状況や心理描写が非常にリアルで、同じ立場になれば自分でも同じことをするかもしれないと思わされるところがある。詐欺の誘いは人々の不安にうまくつけ込む形でやってくる。社会にさまざまな問題があり生活の中で色々と不安を抱えることの多い今、本作を読むことで得られるものはきっとある。