『名画の中で働く人々 ー「仕事」で学ぶ西洋史』
『怖い絵』シリーズで有名な中野京子先生の最新作。同シリーズは、名画の中に描かれたアイテムの意味や描かれた時代背景、シーンの説明を通じてその絵が持つ不気味さや悲惨さなどの「怖い」一面を次々に浮き彫りにしていく。知識が増えることで目の前にあるアートの解像度が上がり、初めは全く気づかなかったストーリーに気づくという体験ができる本シリーズは、最近の「教養」ブームの追い風も受けて人気を博した。
さて、本作の副題は『「仕事」で学ぶ西洋史』だが、学校の教科書などで歴史を学ぶ上で各時代における一般人の生活がどのようなものだったかについては意外と理解しにくい。歴史を勉強する上ではどうしても国レベルでのトピックを追うのがメインになってしまうので、下々の人間がどんな暮らしをしていたかまで詳細に取り扱うのは難しいからだ。
その点で絵画は非常に良い歴史的資料になるといえる。今もある仕事はもちろん、その時代特有の仕事も見ることができて面白い。異端審問官といえば、異端と見做された人間を拷問にかける人たちというイメージだが(これはマンガの影響が多分にある)、どのようにその人が異端であると認定するのかを知る機会はあまりない。
政治家は今も存在する職業だが、今よりもずっと命がけだった時代があったことがわかる。本書では特にヘンリー8世の頃のイギリスで政治家をする難しさが紹介されている。王が絶対的な権力を持っている時代では、自分の考えが王の意に沿わないものであった場合、簡単に命を奪われる可能性がある。言いたいことも言えない世の中で生きるしかなかった当時の政治家の苦悩に思いを馳せるのも一興かもしれない。
本書で紹介されている絵では歴史的に有名な人物が取り上げられることは少ない。仕事をしている無名の一般人にフォーカスが当たっているからこそ、当時の人々の暮らしの一端を知ることができる。そんな絵を集めた本書は歴史を学ぶ上での有用な一冊であると言えよう。
同じく名画の解説・紹介を行っている山田五郎さんのYoutubeチャンネル『山田五郎 オトナの教養講座』に中野先生がゲストとして登場しています。このYoutubeチャンネルもとても面白いので美術やアート、歴史に興味のある人にはオススメです。